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「県民性論議」にフェイクニュースの危険性

日本人を47タイプに分けるのは難しい 真実の名古屋論②

例えば。雪国の人だって議論好きな人はいる

 しかし、こんな反証もある。

 橋本昌樹『田原坂』(中央公論社、1972、現・中公文庫)という記録文学の名著がある。明治10年(1877年)の西南戦争の激戦についての資料を渉猟(しょうりょう)し可能な限り精確に描いたものだ。そこにこんな話が出ている。

 西南戦争に際し金沢(石川県)の連隊にも出陣の命が下ったが、その夜、士官たちは酒を酌(く)み交わし議論となった。「概して士官たちは議論好きであった。彼等の議論好きは、年齢や教養に比して低い地位にとどめられていることも一つの理由であったかもしれないし、また雪国の土地柄も影響したかもしれない」雪国の人は議論好きだというのである。

 我々は、議論好きな人と言うと、大阪の下町や土佐の高知の人などをつい思い浮かべる。大阪の下町の喫茶店などでおじちゃんおばちゃん連中がああだこうだと議論をし、土佐のいごっそう(気骨ある頑固者)が酒を飲みながら天下国家を論じる、という風に。一方、雪国北陸の人は無口木訥で我慢強いと思い、銭湯経営者の例がそれを証明していると考えるのだが、意外や、議論好きだという記録もあるのだ。

 多分これは両方とも真実なのだろう。庶民は我慢強く、軍人のエリートになるような人たちは議論好きなのだろう。そして、この両様の県民性はいずれも論拠がはっきりしている。東京圏の銭湯経営者は事実、北陸出身者が多数を占めているし、橋本昌樹『田原坂』の記述の詳細さは類を見ない。要するに情報の質、語り手の見識の問題なのだ。

 しかし、世に横行する県民性論議のほとんどが流言蜚語、最近の言葉で言えばフェイクニュースのたぐいである。誰が何の根拠で言い出したか分からないものばかりである。そして、この流言が流言を呼び、フェイクがフェイクを増幅する。

『真実の名古屋論〜トンデモ名古屋論を撃つ』より構成) 

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呉 智英

ご ちえい

評論家。昭和21年(1946年)、名古屋市生まれ。早稲田大学法学部卒業。評論の対象は、社会、文化、言葉、マンガなど。日本マンガ学会発足時から十四年間理事を務めた(そのうち会長を四期)。東京理科大学、愛知県立大学などで非常勤講師を務めた。著作に『危険な思想家』『現代マンガの全体像』『現代人の論語』『吉本隆明という共同幻想』『つぎはぎ仏教入門』ほか。名古屋市在住。


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